北海道大学 大学院 生命科学院
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記事詳細

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コオロギ気流誘導性逃避行動は成虫脱皮後に時間を追って成熟する

ケガなどによって身体に変化が起きたとき、それまでできていた行動をそれまで通りに行うためには、変化した身体に対応するように運動を調整する過程が必要です。しかし、身体的な変化は、ケガのような外因性の要因で起こるとは限りません。動物は出生後、成長の過程で、体が大きくなるという身体的変化を必ず経験します。成長に伴う身体的変化が起きても、神経系によって適切に運動が調整されて行動は保持されますが、成熟に伴う運動の調整過程については未知の部分が多く残っていました。

本研究ではフタホシコオロギの気流に対する逃避行動を実験材料として、この問題に取り組みました。コオロギはほかの昆虫と同様、脱皮をして段階的に成長するため、脱皮のタイミングで外観や大きさだけでなく神経系や運動器官にも急激な変化が生じます。また、コオロギは不完全変態昆虫なので孵化したときから成虫になるまで同じような形態をしており、多くの生得的な行動は生涯を通して保持されています。気流に対する逃避行動もその一つです。コオロギは捕食者の接近を気流として検出し、刺激に対して反対方向へ移動する逃避行動を示します。この気流刺激は腹部にある尾葉と呼ばれる感覚器官で検知されますが、尾葉は孵化したばかりの一令幼虫にも存在し、気流誘導性逃避行動はすべての成長過程の幼虫も成虫脱皮後も同じように保持されています。しかし一方で、尾葉にある気流を検出する機械感覚毛は脱皮ごとに増加し、一本一本の感覚毛も長くなります。つまり脱皮の前後では感覚器官が変化するので、それに合わせた運動の調整が必要となります。そこで私たちは特に成虫脱皮後の過程に注目して、気流誘導性逃避行動が成熟していく過程を調べました。

成虫脱皮後30分後から完全に成熟する1週間後までのいろいろな時間ポイントで、気流刺激に対する逃避行動を高速度カメラで撮影し、逃避運動のいろいろなパラメータを計測しました。気流刺激に対して逃避行動を生じる確率は、脱皮直後は50%程度でしたが、時間経過につれて増加し、24時間後には1週間後と同程度の約80%にまで上昇しました。また、気流刺激が与えられてから逃避行動を生じるまでの反応時間や、移動速度、移動距離といった運動パラメータも脱皮後の経過時間に伴って変化し、反応確率と同じように24時間後にはほぼ成熟しました。ところが、身体の表面に熱したコテを触れさせて刺激した際の逃避運動にはこのような変化がみられなかったことから、この成熟は筋肉や外骨格系などの運動器官の成熟によるものではないことが分かりました。また、刺激とは反対方向に逃げるという運動の方向は、脱皮後30分の時点でも成熟したコオロギと同じように正確に制御されていました。これは脱皮直後でも、気流の方向を検出する神経システムがきちんと機能していることを意味しています。

さらに私たちは、気流誘導性逃避行動の成熟過程に、自発的に運動することが必要なのではないかと考え、脱皮してすぐにコオロギをバイアル瓶に閉じ込め、成熟過程に重要な24時間後までの間歩けないように拘束しました。驚くべきことに、24時間の間歩行を制限したコオロギも、24時間後には自由に歩行していたコオロギと同様に成熟した逃避行動を示しました。すなわち、逃避行動の成熟過程は自発的な運動経験を必要としない、生得的に備わっているメカニズムによるものだと考えられます。以上の結果から、コオロギの気流に対する逃避行動は脱皮後時間を追って成熟し、その過程はおそらく脳内に存在すると思われる気流感覚−運動連関に関与する神経系の遺伝的にプログラムされた変化によるものであることが示唆されました。今後はこの感覚−運動連関の神経システムを、電気生理学などを用いて明らかにしたいと考えています。

 

図1 いろいろな発達ステージのフタホシコオロギ.翅のあるのが成虫(オス)

 

図2 成虫脱皮後30分間のコオロギの変化.30分後には身体を持ち上げて歩くことができるようになる。

(研究論文)

研究論文名:Post-molting development of wind-elicited escape behavior in the cricket(コオロギ気流誘導性逃避行動の成虫脱皮後発達)
著者:佐藤和(北海道大学大学院生命科学院),設樂久志(北海道大学大学院理学研究院),小川宏人(北海道大学大学院理学研究院)
公表雑誌:Journal of Insect Physiology
公表日:2017年10月10日(火)(オンライン公開)


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