北海道大学 大学院 生命科学院

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昆虫聴覚ニューロンにおける多感覚反応と加算特性

私達は視覚,聴覚,嗅覚など,いわゆる五感と呼ばれる様々な感覚を使って周りの環境を知覚しています。このような感覚の種類を感覚モダリティといいます。異なるモダリティの感覚入力は,脳の中でそれぞれ専用の神経回路で処理されるだけでなく,複数のモダリティの情報を統合することによって周囲の環境や刺激源の情報を正確に捉えていると考えられています。このような感覚モダリティの統合過程は「多種感覚統合multisensory integration」と呼ばれています。Meredith と Stein(1983)によって猫の上丘で視覚信号と聴覚信号を統合する神経活動が報告されて以来,脊椎動物や無脊椎動物を含む様々な種で多感覚統合が観察されてきました。

多感覚統合に関する多くの研究では,異なるモダリティの刺激を同時に与えたとき,感覚系ニューロンにおけるスパイク応答は,それぞれの単一モダリティ刺激に対する応答の線形和よりも大きくなる,すなわち非線形加算を示す事を報告してきました。この反応加算の線形/非線形性は,多感覚統合統合における重要な問題の1つですが,活動電位を発生する際の閾値も興奮性シナプス後電位からスパイク出力への非線形変換を生じるため,この加算特性が多感覚統合特有のものかどうかは議論の余地があります。小川教授らの研究グループは,コオロギの同定された上行性聴覚ニューロン(AN2,図1A)から細胞内記録を行い,応答加算の線形性が多感覚統合特異的な計算であるかどうかを調べました。

AN2は前胸神経節内に樹状突起を広げ,前肢にある鼓膜器官の聴覚受容細胞から興奮性シナプス入力を受けます。このニューロンは特に高周波音に感受性を持ち,その活動は飛行中のコオロギに音源と反対方向に腹部を屈曲させる行動を引き起こすことが報告されています(Marsat & Pollack, 2012)。この行動は捕食者であるコウモリの発する探索音波を捉えて,それを回避しようとする行動だと考えられています。一方,コオロギは腹部末端に「尾葉」と呼ばれる機械感覚器官を持ち,周囲の空気流を受容しています。コオロギは尾葉への気流刺激に対して歩行やジャンプなどの運動を示しますが(Oe & Ogawa, 2013; Sato et al., 2017),これは捕食者の接近や攻撃を気流変位として捉えた逃避行動であると考えられます。

小川教授らの研究グループは,音刺激だけでなく,気流刺激もAN2にスパイク応答を生じさせることを発見しました(図1B)。この応答は尾葉を切除すると消失することから,AN2の活動は尾葉で受容された感覚入力によるものであることがわかります。さらに音刺激と気流刺激を同時に与えたところ,それぞれの刺激を単独で与えたときの応答よりも大きな反応が生じました(図1C)。その多感覚反応の大きさは,AN2のスパイク閾値周辺の弱い刺激強度の場合には聴覚応答と機械感覚応答の線形和よりも大きくなりましたが,より強い刺激強度ではほぼ線形和と等しくなりました(図1D)。つまり,多感覚刺激に対する応答の非線形性は多感覚統合特有のものではなく,単に興奮性膜の閾値特性によるものであることが分かりました。

また,これまでのAN2に関する研究(Marsat & Pollack, 2006, 2010)で,スパイク間隔の短い活動電位列(バースト発火)は高周波音の振幅増減に一致しており,腹部の屈曲運動とよく相関していることが報告されています。そこで,聴覚刺激と機械感覚刺激の同時提示刺激に対する応答に含まれるバースト発火を解析したところ,多感覚刺激は単一モダリティ刺激よりもバースト発火の発生させていました。しかし,このバースト発生の増大は,単により強い音刺激を与えた場合も見られたことから,多感覚刺激であっても単一モダリティ刺激であっても,それらによって引き起こされるスパイク活動が増大すれば,バースト発火を起こしやすくなると考えられます(図1E)。これらの結果は,AN2における反応加算とバースト発火増大は多感覚統合に特異的な現象ではなく,従来のシナプス統合メカニズムによって説明されるものであることが分かりました。とはいえ,飛翔中の回避行動に関与していると思われていたAN2が,別の忌避的刺激である気流にも応答性を持つことは,AN2が聴覚入力と気流感覚入力を統合することで,より早期に,また正確に捕食者を検出するメカニズムとして機能している可能性を示唆するものでした。今後は,AN2へ入力する尾葉からの神経回路や, AN2の上行性信号に基づいて逃避行動を起こす脳内神経機構を明らかにしていきたいと考えています。

(研究論文)

研究論文名: Multisensory enhancement of burst activity in an insect auditory neuron.
著者名:染谷真琴(北海道大学大学院生命科学院),小川宏人(北海道大学大学院理学研究院)
公表雑誌:Journal of Neurophysiology
https://www.physiology.org/doi/10.1152/jn.00798.2017
公表日: 2018年7月1日(日)(オンライン公開)

図の説明
図1     A:コオロギのAN2。B:音刺激(左)と尾葉への気流刺激に対するAN2の応答。C: 音と気流の同時提示に対する応答。D: 単モダリティ刺激の和に対する多感覚応答の線形性。線形和に一致する場合は1。ごく弱い刺激の場合のみ非線形加算が起きている。E: 応答のスパイク発火頻度に対するバースト発火の発生確率。反応が大きくなるほどバースト頻度は高くなるが,多感覚応答と単一モダリティ応答の間に差は見られない。


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