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本研究室の目指すものは、ヒトの言語学習を含む個体間コミュニケーション、とくに音声コミュニケーションの学習と生成に関心をもって、そこに関与する脳神経回路・メカニズムを物質・遺伝子レベルで明らかにしていくことです。実際の研究戦略としては、親鳥のさえず囀りパターンを学習するSongbird(ソングバード:鳴禽類)を動物モデルとして用い、分子生物学・神経生物学・動物行動学といった研究手法を駆使し新しい研究分野:「分子行動神経学」を立ち上げようとしています。
ヒトの言語習得とソングバードの囀り学習の間には、神経動物行動学的に高い共通性があります。共に感覚運動学習(Sensorimotor Learning)を根幹とする発声学習によって成立しています。他個体(tutor)から音声パターンを聞き、その聞き取った音を、鋳型として脳内に記憶する。次に実際に声を出して、聴覚を介したフィードバックにより自分の音声を修正していく。これを繰り返すことによって、徐々に記憶した音声パターンへ近づいていくのです。また近年、鳥類と哺乳類の間で、神経回路・遺伝子配列レベルで多くの相同性が存在することが明らかになってきています。ソングバードを動物モデルとして得られた知見は、ヒトの言語習得における脳内分子基盤の理解へと還元できることを意味します。
「声を出す」その行為によって脳では物質レベルで何が変わっているのか?
私たち人間も、野外にいる小鳥たちも、ごく自然に「声」を出しています。自ら「声を出す」という能動的行動は、他個体とのコミュニケーションや発声学習(言語学習も含む)にとって非常に重要な意味を持ちます。実は普段私達が何気なくしている「声を出す」行為そのものが、脳・神経細胞に物質レベルで大きな影響を与えている。事実これまでに30以上におよぶ遺伝子群が、小鳥が囀る度に新しく脳内で発現誘導されていることを明らかにしてきました。
さらなる解析によって、学習臨界期間「中」と「後」とで発現誘導率が異なる遺伝子群の同定にも成功しています。「声を出す」という行動そのものは若鳥(juvenile)も成鳥(adult)も同じように行いますが、遺伝子発現レベルで発声学習に果たす役割が大きく異なると考えられます。
その物質的変化が動物行動・学習にどのような意味があるのか?
この問いに答えるべく、ウイルス発現系を用いた遺伝子改変により行動への影響を実験的に検証していきます。遺伝子発現制御によって、囀り学習への影響(学習臨界期や学習戦略の変動)や、さえずりパターンそのものの影響を見ていきます。 |