北海道大学 大学院 生命科学院
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記事詳細

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重合化するタンパク質に作用する化合物の新たな評価方法の開発に成功 -神経変性疾患の新規治療薬を発見する手法としても期待-

(背景)

 抗菌薬は感染症の原因となる細菌の増殖を抑える薬で,医療の場面でも欠かせない薬の一つです。一度は耳にしたことがあると思いますが,「ペニシリン」という抗菌薬は19世紀の初めにアオカビから単離された世界で最も有名な抗菌薬の一つです。ペニシリンは細菌の細胞壁の合成を阻害することで細菌の増殖を抑える薬です。この抗菌薬の普及により,これまで怪我をした時の細菌の感染により命を落としていた多くの人が救われました。しかし,抗菌薬の普及は同時に「耐性菌」による問題を生むことになりました。そこで,次にペニシリン耐性菌に対抗すべく,新しい抗菌薬が作り出されましたが,すぐにその耐性菌が生まれています。つまり,これまでの抗菌薬の作用とは異なる分子機構で細菌の増殖を抑える化合物を見つけ出すことが重要です。

そこで,私たちは細菌の分裂に必須なタンパク質であるFtsZタンパク質に注目しました。細胞分裂時にFtsZタンパク質は単量体から二量体,多量体を経て,細胞膜内側につながれた繊維状の環状構造を細胞の中央部分に作ります(図1A)。最終的に,この繊維が収縮することで,細胞はくびれるように分裂します(図1B)。

図1

図1:FtsZタンパク質の重合体化(A)と細胞分裂(B)

 

したがって,このFtsZタンパク質が二量体,多量体になることを阻害することができれば,細菌は分裂できなくなり,増殖できなくなります。つまり,FtsZタンパク質の二量体化を阻害する化合物は新しい抗菌薬の「種」になり得ます。

(研究手法)

本研究では新しい抗菌薬の「種」になる化合物を見つけるために,modeFRONTIERTMとAutoDockを組み合わせたコンピューターシミュレーションによるバーチャルスクリーニングと蛍光相互相関分光法(Fluorescence cross-correlation spectroscopy, 以下FCCS)を用いた化合物スクリーニング法を確立しました。FCCSとは2色の蛍光を観察することで,分子の動きや分子間相互作用を定量化できる蛍光イメージング手法の一つです。私たちはFCCSを用いて,正確に分子間相互作用を検出するためにFtsZタンパク質を半分に分割し,ノーベル賞を受賞した下村脩先生が発見した蛍光タンパク質2種類と融合体(FtsZ-N末端-緑色蛍光タンパク質とFtsZ-C末端-赤色蛍光タンパク質)として合成しました。そして,これらのタンパク質はGTP(グアノシン三リン酸)注6存在下で再現性良く二量体化することがFCCS測定から確認されました(補足図)。

(研究成果)

次にこれらのFtsZタンパク質の二量体化を阻害する化合物を探すためにバーチャルスクリーニングを行いました。まず,X線構造解析から得られていたFtsZの立体構造をもとに,コンピューターシミュレーションでFtsZに結合できそうな化合物を約21万種類の東京大学創薬機構化合物ライブラリーから絞り込み,495種類の化合物を選出しました。そして,1次スクリーニングとしてその495種類の化合物の二量体化阻害効果をFCCSにより検定しました。その結果,495種類の化合物のうち,有意にFtsZタンパク質の二量体化を阻害する化合物が28種類見つかりました。さらにこの28種類の化合物に似た構造を持つ化合物を,コンピューターを用いた類似構造検索により化合物ライブラリーから選び出し,888種類が候補として選出されました。そして,FCCSによる2次スクリーニングを行い,最終的に888種類の化合物のうち,有意にFtsZタンパク質の二量体化を阻害する化合物が71種類見つかりました(図2)。

図2

図2:2次FCCSスクリーニングの結果。横軸は化合物番号(888種類),縦軸はFtsZの二量体化の指標を示す。つまり,この図では888本の棒グラフが並んでいる(黒く塗りつぶしているわけではない)。棒グラフが低ければ低いほどFtsZの二量体化阻害効果が高い化合物であることを示す。最も阻害効果が高かった化合物は白矢印で示されている。

71種類の化合物のうち,二量体化阻害効果が高かった6種類の化合物について,表面プラズモン共鳴法(Surface plasmon resonance:SPR)注7を用いて,化合物とFtsZタンパク質間の特異的な相互作用を確認しました。また,この6種類について,抗菌作用を確かめたところ,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA,一般的に多剤耐性を示す黄色ブドウ球菌)を含む黄色ブドウ球菌に対し,抗菌作用を持つ化合物が最終的に1種類見つかりました。

 (今後への期待)

黄色ブドウ球菌は種々の抗菌薬に対する耐性を獲得しやすい性質があり,多剤耐性菌(MRSA)として院内感染拡大の原因となっています。今回見つかった化合物はあくまで新しい抗菌薬の「種」であり,実際の薬として用いるにはさらなる研究開発が必要ですが,多剤耐性菌に対して反撃の糸口となる化合物であると期待しています。

また,私たちが開発した方法はこれまで定量的なスクリーニングが難しかった「多量体を形成するタンパク質」に対して応用可能です。すなわち,神経細胞内で発生するタンパク質の凝集体(多量体)が原因で生じる神経変性疾患,たとえばアルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬の発見にも役立っていくと期待されます。

研究論文名:Screening for FtsZ dimerization inhibitors using fluorescence cross-correlation spectroscopy and surface resonance plasmon analysis(FtsZタンパク質二量体化の阻害化合物を発見するための蛍光相互相関分光法と表面プラズモン共鳴法を組み合わせたスクリーニング法の開発)

著者:三國新太郎1,児玉耕太2,佐々木章3,巻 秀樹4,小平尚輝4,棟朝雅晴5,前仲勝実6,金城政孝1

1北海道大学大学院先端生命科学研究院,2北海道大学創成研究機構,3産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門,4塩野義製薬株式会社コア疾患創薬研究所,5北海道大学情報基盤センター,6北海道大学大学院薬学研究院

公表雑誌:PLOS ONE

公表日:日本時間(現地時間)2015年7月9日(木)午前3時(米国東部時間 2015年7月8日(水)午後2時)

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