北海道大学 大学院 生命科学院
北海道大学 大学院 生命科学院

記事詳細

記事詳細

がんの転移先はエクソソームの糖衣(糖鎖パターン)が決定することを発見!~がん転移の先回り治療法の開発に期待~

北海道大学大学院先端生命科学研究院の西村紳一郎教授と北海道大学発バイオベンチャー遠友ファーマ株式会社(本社:札幌市,代表取締役 CEO:長堀紀子)は,これまで大きな謎とされていた「がんの転移メカニズム」の解明とそのユニークな機序に基づく,新たな抗がん治療薬開発を目的とする共同研究を 2020 年 4 月から進めてきました。このたび,抗接着性のナノソームと呼ばれる粒径 20 ナノメートル程度の超高性能ナノ微粒子を利用した研究により,がんの転移のしやすさや転移先(臓器・組織指向性)はがん細胞が分泌する「エクソソーム」というナノサイズの細胞外微粒子の表面を覆う「糖衣(glycocalyx)」とよばれる糖鎖のパターンが決定していることを世界で初めて明らかにしました。この結果から,糖鎖を用いた薬物送達システム(Drug Delivery System, DDS)によってがんの転移を先回りして防ぐという全く新しいタイプのがん治療薬の開発が期待できます。

ポイント

・がん細胞の糖衣(糖鎖パターン)をまるごと写し取りナノ微粒子に提示する方法を開発。
・糖衣の違いによりマウス体内へ投与したナノ微粒子の転移する臓器指向性が異なることを発見。
・がんの転移に先立って前転移ニッチの形成を阻害する新たな治療法の開発に期待。

研究成果の概要

西村教授らの研究チームは,独創的な抗接着性のナノ微粒子プラットフォームである「ナノソーム」を活用することで,がん細胞由来のエクソソームを模倣したナノ微粒子の作製に世界で初めて成功しました。乳がん細胞,肺がん細胞,肝がん細胞などの糖鎖のみをまるごとナノソーム表面に提示してマウスに静脈内投与したところ,それらの体内動態,クリアランス,そして臓器指向性が糖鎖を採取したそれぞれの培養がん細胞の種類によって大きく異なることが明らかとなりました。また,その実験結果を参考にしてそれぞれのがん細胞に特徴的な糖鎖パターンを卵白糖タンパク質など大量に入手可能な糖鎖を原料に使って人工的に再現した「糖衣」をナノソームに提示してマウスに静脈内投与したところ,がん細胞由来の「糖衣」を提示したナノソームで観察された「臓器指向性」をほぼ忠実に再現することに成功しました。今回の結果は「エクソソームはがん細胞が転移先臓器に到着する前に前転移ニッチという転移に適した環境を予め準備する」ことを支持すると同時に,「エクソソームの糖衣ががん細胞の転移先となる臓器指向性を決定している」という新しいメカニズムの存在を示唆しています。このような転移臓器指向性は臓器組織に分布する様々な免疫細胞のレクチンやパターン認識レセプター群との相互作用様式や強さの違いに依存すると考えられますが,詳細はほとんどわかっていません。

今回の発見は,がん細胞が分泌するエクソソームの表面を覆う「糖衣」がエクソソームの体内動態や クリアランスさらに原発がん細胞の転移先となる臓器指向性を決定するという,極めて重要な発見です。がんの転移に先立って,あらかじめ選択した「前転移ニッチ」となる臓器や組織に効率よく低分子医 薬品などを集中的に届けることが可能な,副作用の低い効果的な抗がん治療用薬物送達システム(drug delivery system,DDS)の実現に向け,研究チームでは引き続き本分野の研究を進めていきます。「糖衣」を構成する糖鎖パターンの特徴はがんの種類やがん細胞ごとに異なる可能性があるため,まずそれらの糖鎖パターンとエクソソームの臓器指向性の関係を徹底的に解明することが大切です。共同研究チームでは,糖鎖を提示したナノソームやリポソームのアクティブターゲッティングによる新しい DDS の研究開発も進めています。

なお,本研究成果は, 2021 年 12 月 9 日(木)Biomaterials 誌にオンライン掲載されました。https://doi.org/10.1016/j.biomaterials.2021.121314

本研究成果は,北大プレスリリース(https://www.hokudai.ac.jp/news/2021/12/post-963.html)にも掲載されていますので,より詳しい内容はそちらの記事もご覧下さい。

論文情報
論文名Antiadhesive nanosome elicits role of glycocalyx of tumor cell-derived exosomes in the organotropic cancer metastasis
著者名 Ryosuke Koide, Nozomi Hirane, Daiki Kambe, Yasuhiro Yokoi, Michiru Otaki, Shin-Ichiro Nishimura
雑誌名 Biomaterials
DOI https://doi.org/10.1016/j.biomaterials.2021.121314


Copyright(C) Hokkaido University All right reserved.