北海道大学 大学院 生命科学院
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記事詳細

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コオロギは刺激の様々な側面に基づいて行動を選択する

コオロギは刺激の様々な側面に基づいて行動を選択する

生命科学院生命システム科学コースの佐藤和さん(2021年3月博士後期課程修了)と小川宏人先生らの研究グループは、コオロギは気流の強さと長さという異なる側面に基づいて適切な逃避行動を選択していることを明らかにしました。

私たちは刺激を受けたとき、その刺激に含まれる様々な側面から刺激の源になっている物体や現象を認識し、適切な行動を選択します。例えば、私たちが店先で棚に置かれたたくさんのリンゴから一つを選ぶとき、「美味しそうな色をしているのはどれ?」、「大きそうなのはどれ?」、「形の良いのはどれ?」など、リンゴという物体から得られた刺激のいろいろな情報に基づいて手に取っています。動物も様々な状況において常に行動選択を行っており、特に生命を脅かす危険に対し適切な行動を選択することは動物の生死に直結します。逃避行動は危機を回避するための効果的な行動として様々な動物に普遍的に存在しますが、その行動は必ずしも1種類の定型的な反応ではなく、実は複数の異なる行動戦略が含まれています。例えば、フタホシコオロギは短い気流パフを天敵の接近として捉え逃避行動を行いますが、それは主に“Running”と“Jumping”があり(図1A, Sato et al., 2017)、それぞれ逃避行動として異なる長所と短所を持っています(Sato et al., 2019)。この異なる行動戦略間の選択が刺激のどのような情報によって左右されるのかは不明でした。そこで私たちは、コオロギに様々な強さ(速度)、長さ(持続時間)の気流刺激を8つの異なる方向から与えた時の逃避行動を高速度ビデオカメラで撮影し、どのような刺激パラメータが逃避行動の選択に影響するのかを調べました。

その結果、十分強く長い(0.83 m/s,200 ms)気流刺激では80%以上の確率で逃避行動が誘発され、その運動はRunningとJumpingがおよそ同じ割合で選択されました。前から刺激されたときよりも、横から、そして後から刺激されたときの方が、よりジャンプの割合が増えていく傾向がありましたが、統計的には有意ではありませんでした。つまり、コオロギはどこから襲われても同じくらいの割合でRunningとJumpingを選んでいることになります。しかし様々な速度や持続時間の刺激に対する反応を解析したところ、逃避反応を示す確率だけでなく、Running/Jumpingの割合も気流刺激の速度と持続時間に依存することが分かりました。気流速度が速いほど、気流刺激の持続時間が長いほどJumpingによる逃避行動の割合が高くなったのです(図1B)。つまり、コオロギは気流の強さと長さという異なる側面に基づいて、逃避行動を選択しているのです。

次にRunningとJumpingそれぞれの運動パラメータが、刺激の強度、持続時間、方向に依存するかを調べました。Runningでは最大移動速度、移動距離、反応潜時のすべてが刺激の強度と持続時間に伴って変化しましたが、Jumpingは、移動速度が後方刺激ほど速くなり反応潜時が刺激強度に伴って短くなる以外は、運動パラメータの依存性は見られませんでした。すなわち、Jumping反応はRunningに比べ、刺激に応じた変化が少ない、柔軟性のない行動だと言えます。また、私たちはこれまでにRunningによる逃避行動でもJumpingによる逃避行動でも、コオロギは刺激の到来と反対方向に移動することを報告しました(Sato et al, 2019)。そこで最後に、気流刺激の方向に対する逃避した方向や体の旋回角度について、刺激の強さと持続時間の影響を調べました。興味深いことに、移動する方向と旋回角度はRunning、 Jumpingともに刺激の強さや持続時間に関係なく、正確に制御されていました(図2)。

まとめると、コオロギの逃避行動の選択と運動内容は、逃避行動を引き起こす気流の強さ、長さ、方向に対して、それぞれ異なる依存性を示すことが分かりました。気流によって誘導されるRunningやJumpingは、気流刺激を捕食者の接近するシグナルとして捉えて逃避行動を起こしているのだと考えられています。すなわち、コオロギは、どのような捕食者がどのように接近しているのかを気流刺激の違いによって認識し、それに応じて選択する行動やその内容を変化させているのではないかと考えられます。今後、それぞれの行動中の神経活動を電気生理学的に調査し、どのような神経基盤によって気流刺激の情報に基づいて逃避戦略が選択されるかを解明したいと思います。

 

論文情報

論文名:Action selection based on multiple-stimulus aspects in the wind-elicited escape behavior of crickets.

著者名:Nodoka Sato, Hisashi Shidara, and Hiroto Ogawa

公表誌名:Heliyon

DOI: https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2022.e08800

 

図1         A:コオロギの2種類の逃避行動(RunningとJumping)。B:Running/Jumpingの選択割合の刺激角度(左)、刺激強度(中央)、持続時間(右)に対する依存性。気流速度が速いほど、気流刺激の持続時間が長いほど、Jumpingによる逃避の割合が高くなる。

図2         A:気流逃避行動における刺激角度と移動方向の定義。B:異なる刺激強度における刺激角度と移動方向の関係。を示す点線付近に分布するほど、コオロギは刺激の正反対に移動していることを示す。RunningでもJumpingでも刺激強度に関わらず正確に刺激の反対側に移動していることが分かる。


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