北海道大学 大学院 生命科学院
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水玉柄の鳥は水玉模様が好き ~コモンチョウの特性理解で,動物にみられるさまざまな模様の進化解明に新展開~

水玉柄の鳥は水玉模様が好き
~コモンチョウの特性理解で,動物にみられるさまざまな模様の進化解明に新展開~

【ポイント】

・目立つ水玉模様を持つコモンチョウは,水玉模様に強烈に惹かれる性質をもつことが判明。
・水玉模様への反応は,仲間個体を視認することと,餌を見つけることの両方に関連。
・動物の体表の模様がなぜ進化したのかについて,新視点を提供。

【概要】

北海道大学大学院理学研究院の相馬雅代准教授らの研究グループは,模様に対する選好性が鳥にあることを見出しました。
一般に,抗い難いほど注意を惹くものとは,個体あるいは個人にとって重要な意味を持つ何かであるはずです。そのため,単純なモノクロ印刷の水玉模様が鳥の注意を惹くとは想定されていませんでした。しかしコモンチョウは,着物の「小紋」柄のような細かい水玉模様を持ちます。また,これまでの魚類などの研究で,餌によく似た柄を体表に持つことで,配偶相手の注意を惹きつける事例が報告されてきました。実は,コモンチョウの柄も餌とよく似ています。そこで,餌や羽の柄よりもずっと単純な,黒地に白い水玉を印刷した紙を用意し,白黒のストライプを対象刺激として,どちらをどのぐらい見るか検討しました。その結果,コモンチョウは,お腹がすいていてもすいていなくても,非常に強く水玉模様に惹きつけられることがわかりました。
これまで,鳥類の視覚能力に関する検討は多くなされてきましたが,特定の視覚刺激に対し生得的な「好み」があるとは全く想定されていませんでした。自発的な選好注視反応に着目して初めて明らかになった知見です。コモンチョウ以外の鳥種においてどのような「好み」があるか検討することができれば,今後一層,鳥が見ている世界への理解が深まることが期待されます。
なお,本研究成果は,2022 年 3 月 16 日(水)公開の Animal Cognition 誌にオンライン掲載されました。

【背景】

動物の体にみられる模様は,迷彩柄のように身を隠すのに役立つものもあれば,派手で目立つものも多くあります。特に,後者にあたる模様のうち最も単純なものは,たとえば縞模様や水玉模様です。これらは比較的よくある模様ですが,何のためにあるのか,つまり特定の模様がどのように起源しなぜ進化してきたのかは,あまりよくわかっていません。そこで,目立つ水玉模様を持つ鳥の 1 種を実験対象として,彼ら自身がどのように模様に反応するのか検討しました。
コモンチョウは,漢字では「小紋鳥」,英語では Star finch と呼ぶその名のとおり,顔から体側にかけてびっしりと覆う,着物の小紋柄のような白い水玉模様を持ちます。しかも,求愛行動の際には,水玉模様で覆われた部分だけ羽を膨らませる様子もみられます(図 1)。また,これまでの近縁種との比較から,粒状の餌を食べる食性を持つ種ほど,羽に水玉を持つ傾向があることもわかっていました。そこで,同種の他個体を視認することと,餌を見つけること,という二つの理由で,コモンチョウは水玉模様を好むのではないかと予測しました。

【研究手法】

飼育下のコモンチョウを対象に行動実験を行いました。黒地に白い水玉またはストライプが印刷された紙を用意し(水玉刺激・ストライプ刺激),この 2 種類をコモンチョウ 1 羽が入ったケージの両端にそれぞれ置いて,行動反応を観察するテストを 2 回行いました(図 2)。具体的には,まず餌がなくお腹がすいた条件でテストし,次に餌がある条件でも同じテストを繰り返しました。

【研究成果】

コモンチョウは,餌がなく空腹な条件では,ストライプに比べて水玉刺激をよく見るだけでなく(選好注視反応*1),水玉模様をつつこうとする行動(採餌様行動)を頻繁に示しました。一方,ストライプ模様に対して採餌様行動をみせることはほとんどありませんでした。このことは,水玉模様が潜在的に餌とむすびつく視覚刺激であるということを意味します。
次に餌がある条件で同様のテストを行うと,採餌様行動はほとんどみられなかった反面,選好注視反応において水玉とストライプの差は依然として顕著でした。具体的には,多い個体で 1 時間に 500回以上も水玉模様への注視を繰り返しました。これほどしげしげと水玉模様を見ようとするのは,大変驚くべきことです。なぜならば,①呈示した刺激がごく抽象的かつ単純な模様であり,②鳥の視覚能力を踏まえれば,水玉模様ははっきりとただの白い円の羅列として見えている可能性が高く,しかも,③それが餌ではないことを,先行する餌なし条件で経験的に学習しているはずだからです。このような行動反応は,餌に対する動機付けを介さずとも水玉模様に対する選好性が働いていることを意味します。おそらく,水玉模様を体表に持つコモンチョウにとって,単純化した刺激であっても水玉模様は,抗い難く注意を惹くものだと解釈できるでしょう。
以上の結果は,コモンチョウが水玉模様を好むに違いないという予測に合致するものだっただけでなく,動物の体表の模様の進化に関して,鳥類ではあまり検証されてこなかった感覚バイアス仮説*2を支持するものです。グッピーなど,一部の魚類では,餌によく似た体表模様を持ち,それが配偶相手を惹きつけるのに役立つことが報告されています。しかし鳥類では,同様の知見はこれまで知られていませんでした。鳥類の色鮮やかな羽の色や,それが織りなす様々な模様の起源と進化は,この仮説によって一部説明できる可能性があります。

【今後への期待】

本研究成果は,「鳥が世界をどう見ているか」という謎に挑むものです。これまで比較認知科学において,鳥類がどれくらい視覚刺激(色の違い,大きさの違いなど)を弁別できるか,という点はよく検討されてきました。しかし,特定の視覚刺激に対し生得的な「好み」があるとは全く想定されていませんでした。自発的な選好注視反応に着目して初めて明らかになった知見です。コモンチョウ以外の鳥種においてどのような「好み」があるか検討することができれば,今後一層,鳥が見ている世界への理解は深まるでしょう。
また本研究の知見は,生物学及び心理学の両面から,模様というものを考えるきっかけとしても重要です。人間では,集合恐怖(trypophobia)といって,水玉状の視覚刺激に対して,忌避的な心理反応を示す人がおり,その背景には様々な生物学的・進化的要因があることが議論されています。動物の体表を覆う目立つ水玉模様の中には,たとえばテントウムシの斑点模様のように,警告信号として「食べるに適さない」ことを捕食者に対し宣伝しているものもあります。本研究は,水玉模様が好まれることを示しており,集合恐怖や警告信号のような水玉模様が忌避される事例とは真逆ですが,いずれにおいても,水玉自体が注意を惹く無視できない刺激であることは共通です。ごく単純な円の繰り返しに過ぎない水玉模様ですが,私たち人間を含むさまざまな動物において,「気になる」模様であることは間違いありません。

本研究成果については、北大プレスリリース(https://www.hokudai.ac.jp/news/2022/03/post-1017.html)にも掲載されております。併せてご覧下さい。

【論文情報】

論文名 Star finches Neochmia ruficauda have a visual preference for white dot patterns: a possible case of trypophilia(コモンチョウは白い水玉模様に視覚選好をみせるー「集合恐怖トライポフォビア」とは真逆の可能性)
著者名 水野 歩1,相馬雅代21北海道大学大学院生命科学院,2北海道大学大学院理学研究院)
雑誌名 Animal Cognition(比較認知科学の専門誌)
DOI 10.1007/s10071-022-01609-5
公表日 2022 年 3 月 16 日(水)公開(オンライン公開)

【お問い合わせ先】

北海道大学大学院理学研究院 准教授 相馬雅代(そうままさよ)
TEL 011-706-2995
メール masayo.soma<アット>sci.hokudai.ac.jp (メールアドレスは,<アット>を@に変えてください。)
URL https://www2.sci.hokudai.ac.jp/faculty/researcher/masayo-soma

【参考図】

図1. コモンチョウの求愛。水玉柄の部分を膨らませている。

図2. 実験の様子。コモンチョウの注視反応のイメージ(a)。刺激に用いた水玉とストライプ(b)。実験ケージの上から見た様子(c)。

【用語解説】

*1 選好注視 … 選好注視法は,動物以外に赤ちゃんを対象とする行動実験などでもよく用いられる。言葉によるコミュニケーションができなくても,呈示した刺激に対する注視頻度や時間を測定し比較することで,どのような刺激にどの程度関心を向けているかを推定できる。
*2 感覚バイアス仮説 … 動物の求愛信号(たとえば鳥のさえずり,求愛ディスプレイなど)の進化には,信号を受信する側の感覚特性が影響するだろうと予測される。鳥のさえずりは,その鳥の可聴域から大幅に外れた音になるはずはなく,むしろよく聴こえるあたりの周波数帯域でさえずるはずで,聴く,見る,嗅ぐといった感覚は,うまく捕食者を避けたり,餌をみつけたりといった,生存のために重要な機能を担っている。そのため,生存のために持っている感覚の特徴(信号の受信のしやすさ)にあわせ,コミュニケーション信号が進化してきた可能性がある。

 


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