北海道大学 大学院 生命科学院
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植物のバイオマス増加を支える脱ユビキチン化酵素を発見~植物ホルモンの作用効果を高める新たな手法の開発に期待~

植物のバイオマス増加を支える脱ユビキチン化酵素を発見
~植物ホルモンの作用効果を高める新たな手法の開発に期待~

【ポイント】

・植物の成長促進に必要な新規因子として,脱ユビキチン化酵素UBP12/13を発見。
・植物ホルモン「ブラシノステロイド」の受容体タンパク質量を維持するためにUBP12/13が重要。
・ブラシノステロイドによる植物成長促進効果を強化するための新たな手法の開発に期待。

【概要】

北海道大学大学院理学研究院の佐藤長緒准教授,山口淳二教授,高木純平助教らの研究グループは,ゲント大学のユージェニア ルシノバ教授,テキサスA&M大学のリボ シャン教授らとの国際共同研究で,脱ユビキチン化酵素UBP12/13が,植物ホルモン「ブラシノステロイド*1」による植物成長促進効果の発現に欠かせないことを発見しました。
植物ホルモンであるブラシノステロイドは,茎の伸長や葉面積の拡大をはじめとして,植物の成長促進に極めて重要な役割を担います。ブラシノステロイドのシグナル伝達を開始するのが,細胞膜に局在する受容体BRI1であり,細胞中のBRI1の存在量は,ブラシノステロイドのシグナル伝達強度を適切に制御する上で重要です。BRI1の存在量はユビキチン化修飾*2により誘導される液胞分解によって調節されることが明らかになっています。しかしながら,BRI1のユビキチン化レベルがどのような仕組みで適切に保たれているかは未解明のままでした。
今回,共同研究グループは,脱ユビキチン化酵素UBP12/13がBRI1と相互作用し,直接的にBRI1のユビキチン化修飾を取り外すことを発見しました。UBP12/13を欠損する変異株では,過剰なユビキチン化修飾と液胞分解*3によってBRI1量が減少し,その結果,植物個体サイズが著しく低下することが分かりました。植物において,膜タンパク質の液胞分解を抑制する脱ユビキチン化酵素の発見は世界初の成果です。
本研究成果は,植物細胞の膜局在タンパク質の存在量を適切に保つための分子機構解明に向けた重要な知見を提供すると同時に,ブラシノステロイドによる植物成長促進効果を強化するための新たな手法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は,2022年2月15日(火)にEMBO reports誌にオンライン掲載されるとともに,4月号の表紙を飾りました。

【背景】

植物ホルモンは,植物の成長や環境適応を最適化する上で欠かせないシグナル分子です。植物のステロイドホルモンであるブラシノステロイドは,茎の伸長や葉面積の拡大をはじめとして,植物の成長促進に極めて重要な役割を担います。また,光環境に応じた形態形成にも関わっており,暗所での胚軸伸長(「もやし」のように茎が長くなること)も制御しています。そのため,ブラシノステロイド作用機序の解明は,植物のバイオマスや作物形質,収量性の改善にも直結する重要な研究です。
ブラシノステロイドのシグナル伝達は,まず細胞膜に局在する受容体タンパク質BRI1による認識により開始されます。 BRI1は,1回膜貫通型の受容体キナーゼであり,細胞外領域でブラシノステロイドを受容すると活性化し,細胞内の標的タンパク質をリン酸化することで,下流に広がる大規模な遺伝子発現変動を引き起こし,植物の成長を制御します。そのため,細胞中のBRI1存在量の制御は,ブラシノステロイドのシグナル伝達強度を適切に制御する上で重要です。
これまでに, 細胞膜上のBRI1は,ユビキチン化修飾を受けることで細胞内へ移行し,最終的には液胞へ運ばれ分解されることが知られていました。しかし,BRI1のユビキチン化レベルがどのような仕組みで適切に保たれ,BRI1存在量を規定しているかは未解明のままです。

【研究手法と成果】

研究グループは,ユビキチン化修飾に関わる因子の中でも,標的からユビキチンを取外す“脱ユビキチン化酵素”の機能に着目した研究に取組みました。ユビキチン化修飾は可逆的なタンパク質翻訳後修飾であり,ユビキチンリガーゼ(えんぴつ)が標的にユビキチンを付加する一方で,脱ユビキチン化酵素(消しゴム)がユビキチンを除去する活性を有します。近年の研究から,この「消しゴム」の役割が細胞内のタンパク質量を適切に維持するのに重要なことが分かってきました。
そこで,モデル植物シロイヌナズナを用いた分子遺伝学的な解析を行った結果,脱ユビキチン化酵素UBP13とそのホモログであるUBP12の二重変異株(ubp12/13)では,植物の成長が著しく阻害され,矮小化することを見出しました(図1)。この表現型は,これまでに報告されていたBRI1変異株の表現型と非常に類似する形質でした。そこで,ubp12/13株内のBRI1タンパク質量を調べた結果,野生型株に比べてBRI1タンパク質量が減少していることが分かりました。さらに,UBP13とBRI1が植物細胞内で相互作用しており,UBP13はBRI1に付加されたユビキチン修飾を直接的に除去する活性があることを発見しました。
これに加えて,共焦点レーザー顕微鏡*4を用いた詳細なライブセルイメージング解析を行った結果,ubp12/13株内では,液胞に運ばれ分解を受けるBRI1量が過剰になっており,細胞膜上のBRI1量が減っていることも明らかになりました(図2)。また,面白い結果として,BRI1の特定のリジン残基に変異を導入しユビキチン化を受けない状態にしたBRI1(BRI1KR)をubp12/13株内に発現させた結果,細胞膜上のBRI1量が増加し,植物の個体サイズも大幅に回復しました(図1)。
本研究結果から,細胞における適切なBRI1量の維持には脱ユビキチン化酵素UBP12/13の活性が重要であり,ブラシノステロイドによる植物の成長促進に欠かせない役割を担っていることが明らかになりました(図3)。植物では,BRI1以外にも,細胞膜上の受容体や栄養素の輸送体もユビキチン化修飾依存的に液胞において分解されることが分かってきていますが,このプロセスを抑制する脱ユビキチン化酵素はこれまで知られておらず,今回が初めての発見です。

【今後への期待】

本研究成果は,植物細胞の膜局在タンパク質量を適切に保つための分子機構解明に向けた重要な知見を提供するものです。また,UBP12/13とBRI1の相互作用や脱ユビキチン化活性制御機構の詳細が解明されることで,ブラシノステロイドによる植物成長促進効果を強化するための新たな手法の開発に繋がることが期待されます。

本研究成果については、北大プレスリリース(https://www.hokudai.ac.jp/news/2022/02/post-990.html)にも掲載されております。併せてご覧下さい。

【論文情報】

論文名 Deubiquitinating enzymes UBP12 and UBP13 stabilize the brassinosteroid receptor BRI1(脱ユビキチン化酵素UBP12とUBP13はブラシノステロイド受容体BRI1を安定化させる)
著者名 Yongming Luo 1,高木純平2, Lucas Alves Neubus Claus 3,4, Chao Zhang5, 安田盛貴2, 長谷川陽子1, 山口淳二2, Libo Shan 6, Eugenia Russinova 3,4, 佐藤長緒21北海道大学大学院生命科学院,2北海道大学大学院理学研究院,3 ゲント大植物バイオテクノロジー・バイオインフォマティクス学科,4 植物システムバイオロジー研究センター(VIB),5 テキサスA&M大学植物病理・微生物学科,6 テキサスA&M大学生化学・生物物理学科)
雑誌名 EMBO reports(欧州分子生物学機構誌)
DOI 10.15252/embr.202153354
公表日 2022年2月15日(火)(オンライン公開)

図1. 野生型株及びubp12/13株,BRI1KR導入ubp12/13株の生育

図2. 野生型株及びubp12/13株の細胞内における蛍光ラベル化ブラシノステロイドの取込み実験(蛍光強度が液胞分解を受けたBRI1量を表す)

図3. 脱ユビキチン化酵素UBP12/13によるBRI1の存在量制御モデル
細胞膜上のBRI1は,ユビキチン化修飾を受けて細胞内の内膜系オルガネラ(TGN/EE,MVB)に移行し,最終的に液胞において分解される。UBP12/13は,BRI1のユビキチン化を除去することで,液胞分解を抑制し,細胞膜上のBRI1量を適切に保つ。

【用語解説】

*1  ブラシノステロイド … 植物の合成するステロイドホルモンであり,茎の伸長や葉面積の拡大をはじめ,植物の成長促進に関与する。暗所での胚軸伸長も制御する。
*2  ユビキチン化修飾,脱ユビキチン化酵素 … ユビキチン化修飾は,76アミノ酸残基からなるユビキチン分子を付加するタンパク質翻訳後修飾の一種。ユビキチンが複数個つながったポリユビキチン鎖を形成し,標的タンパク質の分解や細胞内局在性等を制御するシグナルとなる。脱ユビキチン化酵素は,標的からユビキチン鎖を取り除く活性を有する。
*3  液胞分解 … 細胞膜や内膜系オルガネラ膜状に局在するタンパク質の多くは,細胞内の小胞輸送経路を経て液胞に運ばれ,液胞中に豊富に存在するタンパク質分解酵素により分解を受ける。
*4  共焦点レーザー顕微鏡 … レーザー光を当てて励起された試料からの光を,ピンホールを通すことで,焦点面を絞って検出する顕微鏡システムのこと。コントラストと解像度の高い像が得られる。


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