北海道大学 大学院 生命科学院
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記事詳細

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コオロギ全身を貫く巨大介在ニューロンの詳細な形態が明らかに

コオロギ全身を貫く巨大介在ニューロンの詳細な形態が明らかに

生命科学院生命システム科学コースの小川宏人先生の研究グループは、コオロギの巨大介在ニューロンの詳細な3次元構造を明らかにしました。

動物の体を形作る細胞の中でも,神経細胞(ニューロン)はひときわ大きな細胞であり,末梢での刺激を脳に伝える感覚系のニューロンには,体長に近い長さの神経軸索をもつ細胞も存在します。コオロギの巨大介在ニューロン(Giant Interneurons; GIs)もその一つです。巨大介在ニューロンの細胞体と樹状突起(入力を受ける神経突起)は腹部後端にある最終腹部神経節内に位置していますが,その上行性神経軸索は脳まで届いています。コオロギには尾部に一対の「尾葉」と呼ばれる感覚器官があり,その表面には毛状感覚子と呼ばれる機械刺激を受容するセンサーが500〜1,000本存在しています。コオロギは尾葉で周囲の空気流を感知し,逃避行動をはじめとする様々な行動を起こします。尾葉のすべての毛状機械感覚子の求心性線維は最終腹部神経節に投射し,巨大介在ニューロンはそれらからシナプス入力を置戸って気流刺激のいろいろな情報を読み出し,脳に伝えていると考えられています。また巨大介在ニューロンの軸索は,コオロギのニューロンの中で最も太い神経軸索の一つです。一般的に太い軸索ほど興奮を伝える活動電位の伝搬速度が速いので,巨大介在ニューロンは特に気流刺激によって引き起こされる逃避行動に関与していると考えられてきました。私たちの研究室では,この巨大介在ニューロンの空気流刺激に対する反応性や細胞内情報統合に関する研究を行ってきましたが,これまで上位中枢である脳や胸部の神経節での巨大介在ニューロンの詳細な形態は明らかになっていませんでした。そこで,様々な染色方法と二光子顕微鏡による観察を組み合わせて,巨大介在ニューロンの軸索終末分枝や軸索側枝(axon collaterals)の詳細な3次元構造を解析しました。

コオロギではこれまでに8対16個の巨大介在ニューロンが同定されていますが,今回の研究では,そのうち気流応答性を持つ6対(Medial Giant Interneuron; MGI, Lateral Giant Interneuron; LGI, GI 9-2, GI 9-3, GI 10-2, GI 10-3)の細胞の,脳,食道下神経節,前胸・中胸・後胸神経節内での細胞形態(図1)を明らかにしました。さらに多重染色した複数の巨大介在ニューロンの軸索投射の相対的な位置関係も解析しました。その結果,軸索が腹側縦連合神経束(各神経節をつなぐ神経線維の束)内の腹側を走行しているvGIs(MGIとMGI)の細胞と,背側を走行しているdGIs(GIs9-2, 9-3, 10-2, 10-3)では,上位中枢神経節における軸索の投射領域が大きく異なることが分かりました(図2)。さらに軸索終末や側枝の分枝パターンを詳細に比較したところ,dGIsはさらにGIs 9-2, 9-3とGIs 10-2, 10-3のサブグループに分けられることを発見しました。vGIsも含めた3つのサブグループの形態学的な差異は,すべての上位神経節で観察されたことから,これらのサブグループはそれぞれ異なる上位ニューロンにシナプス接続し,気流情報を伝えていると考えられます。

現在これらの巨大介在ニューロンの気流刺激に対する応答性を電気生理学的に記録,解析していますが,刺激強度に対する応答性や刺激の方向選択性も異なることが分かってきました。こちらの研究は現在別の論文としてまとめているところですが,形態学的な差異と生理学的な応答性の特徴がともにサブグループ別に対応するのであれば,巨大介在ニューロン群はサブグループごとにそれぞれ異なる機能を果たしている可能性があります。今後巨大介在ニューロンの機能破壊あるいは選択的な操作を行い、コオロギの逃避行動に対する影響を調べることによって、その行動的機能を明らかにしていきたいと思います。

論文情報

論文名:Central projections of cercal giant interneurons in the adult field cricket, Gryllus bimaculatus
著者名:Hiroki Yamao†, Hisashi Shidara†, Hiroto Ogawa (2022)  (†: equal contribution)
公表誌名:Journal of Comparative Neurology
DOI: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cne.25336

図1  成虫コオロギの6種類の巨大介在ニューロン(GIs)の脳内における軸索投射。緑色のトレースは二光子顕微鏡の光学断層像から再構成した3次元構造を示す。

図2  巨大介在ニューロンは、脳と胸部神経節で腹側グループ(vGIs)と背側グループ(dGIs)は互いに異なる特徴の投射形態を持ち、dGIsはさらに2つのサブグループ(黄色とオレンジ色)に分けられた。矢じりはdGIsのサブグループを分ける特徴的な軸索分枝を示す。


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