北海道大学 大学院 生命科学院
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記事詳細

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マウスも夢を見ながら記憶する?~記憶の固定化・消去のメカニズム解明に期待~

マウスも夢を見ながら記憶する?~記憶の固定化・消去のメカニズム解明に期待~

ポイント

・レム睡眠中に脳幹で発生するP波が、マウスのノンレム睡眠でも発生していることを発見。
・レムP波は記憶固定化に重要な海馬脳波と協調し、ノンレムP波は抑制していることを解明。
・同じ睡眠でも、レム睡眠とノンレム睡眠で担う生理的役割が異なる可能性を示唆。

概要

北海道大学大学院理学研究院の常松友美講師(前所属 東北大学大学院生命科学研究科兼学際科学フロンティア研究所)らの研究グループは、英国ストラスクライド大学の坂田秀三准教授と共に、マウスを用いて、脳幹脳波であるP波と、記憶固定化に重要な海馬脳波との関係を検討し、ノンレム睡眠とレム睡眠で逆の働きをしていることを明らかにしました。
P波は1950年代以降にネコやラットで発見されましたが、半世紀以上もの間、マウスには存在しないと考えられてきており、近年研究が滞っていました。しかしながら、2020年に研究グループが世界で初めてマウスのP波の記録に成功しています。
今回、新たにP波と海馬脳波との関連を検討したところ、ノンレム睡眠とレム睡眠で逆の働きをしていることが分かりました。レム睡眠P波は海馬脳波と協調して作用していましたが、ノンレム睡眠P波は海馬脳波を抑制していました。同じP波でありながら、ノンレム睡眠とレム睡眠では、記憶固定化において相反する役割を担っている可能性を明らかにしました。これは、アカゲザルでも観測されています。
未だに誰も実験的に明らかに出来ていませんが、P波は夢の発生メカニズムであると提唱されています。レム睡眠の夢は奇想天外でストーリー性が高いですが、ノンレム睡眠の夢は短くて思考的と言われています。睡眠ステージによって夢の内容が異なるのは、P波の持つ生理的役割の違いが原因なのかもしれません。今後、明らかにしていく必要があります。
なお、本研究成果は、2023年7月21日(金)公開のSLEEP誌にオンライン掲載されました。

背景

睡眠には、夢を見ているレム睡眠と、脳の休息に重要なノンレム睡眠の二つの睡眠状態があります。2つの睡眠ステージでは、それぞれ特徴的な脳波があります。レム睡眠では脳幹の橋で発生するP波*1、海馬で発生するシータ波*2、ノンレム睡眠では海馬で発生する鋭波リップル*3が挙げられます。どの脳波も記憶の固定化に重要であると考えられています。
P波は1950年代以降、ネコやラットで発見されましたが、半世紀以上もの間マウスには存在しないと考えられてきており、近年研究が滞っていました。しかしながら、2020年に研究グループが世界で初めてマウスのP波の記録に成功しました。マウスのP波は発見されたばかりなので、まず、どのような電気生理学的な性質を持っているのかを明らかにする必要があります。さらに、睡眠に特徴的な他の脳波とどのような機能的連関を持っているのかも検討が必要です。
今回の研究では、P波と、記憶に重要な役割を担う海馬の神経活動、シータ波、鋭波リップルとの関係を検討しました。

研究手法

睡眠覚醒を繰り返すマウスの脳内に多電極プローブ*4を刺入し、P波などの脳波や多数の神経活動を記録しました。その後、様々な解析を行いました。まず、大脳皮質脳波から、マウスの睡眠覚醒ステージを判定しました。脳幹脳波からはP波を自動的に検出しました。海馬脳波からは、レム睡眠に特徴的なシータ波とノンレム睡眠に特徴的な鋭波リップルを検出しました。また、スパイクソーティングという手法を用いて神経活動をクラスター分けし、一つ一つの神経細胞に分類しました。その後、脳波と神経活動の電気生理学的な関係を調べました。

研究成果

P波はレム睡眠に特徴的な脳波であると認識されてきましたが、発生頻度は低いですがノンレム睡眠でもP波が観察されることを見出しました。そこで、レム睡眠で発生するP波とノンレム睡眠で発生するP波に違いがあるかどうかを検討しました。その結果、両者の波形の特徴はよく似ていました。
一方、レム睡眠P波はクラスターで発生する傾向にあり、ノンレムP波は単発で発生するなど、異なる点もありました(図1)。
次に、レム睡眠P波と海馬シータ波との関連を調べました(図2)。その結果、これらは位相同期しており、これまでネコやラット、サルで報告されてきた結果と一致しました。これは、P波はシータ波と協調的に作用し、記憶の固定化に重要な役割を持つ可能性があることを示唆するものです。
また、ノンレムP波と海馬鋭波リップルとの関連を調べたところ、拮抗的な作用を示しました(図2)。P波が発生すると鋭波リップルのパワー値が減少し、P波と同期して出現する鋭波リップルは同期しない鋭波リップルよりも有意に持続時間が減少しました。つまり、ノンレムP波は記憶に重要な鋭波リップルを抑制していることが示唆されました。ノンレム睡眠P波とレム睡眠P波は、記憶の固定化において相反する役割を担っている可能性を明らかにしました。

今後への期待

今回、脳波や神経活動という電気生理学的な関係性を明らかにしてきましたが、記憶の固定化においてノンレムP波とレムP波の役割が異なるかどうか、マウスの行動レベルで調べていく必要があります。また、マウスでのP波の研究は始まったばかりで、今後P波を発生する神経細胞の同定や、P波神経回路など解明しなければならないことがたくさん残されています。
P波は古くから、夢の発生メカニズムとして提唱されており、P波の研究を進めることは夢見の神経回路や夢の生理的意義に迫れる可能性があります。レム睡眠の夢は奇想天外でストーリー性が高いですが、ノンレム睡眠の夢は短くて思考的であると言われています。睡眠ステージによって夢の内容が異なるのは、P波の持つ生理的役割の違いが原因なのかもしれません。今後明らかにしていく必要があります。

本研究成果は北大のプレスリリース<https://www.hokudai.ac.jp/news/2023/07/post-1269.html>や東北大のプレスリリース<https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/01/press2020124-01-sleep.html>にも掲載されております。併せてご覧ください。

謝辞

本研究は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2047)、科学研究費助成事業(20H05047)、日本学術振興会、上原記念生命科学財団、リーヴァーヒューム・トラスト助成金(RPG-2015-377)、英国医学研究協議会(MR/V033964/1)、及び欧州ホライズン2020(DEEPER, 101016787)の支援を受けて行われました。

論文情報

論文名 Pontine waves accompanied by short hippocampal sharp wave-ripples during non-rapid eye movement sleep(ノンレム睡眠中のP波と鋭波リップルは拮抗的に作用する)
著者名 常松友美1, 2 (当時), 3 (当時)、松本すみ礼3、Mirna Merkler4、坂田秀三41北海道大学大学院理学研究院、2東北大学大学院生命科学研究科、3東北大学学際科学フロンティア研究所、4ストラスクライド大学薬理生物医学研究所)
雑誌名 SLEEP(睡眠科学の専門誌)
DOI 10.1093/sleep/zsad193
公表日 2023年7月21日(金)(オンライン公開)

概要図. P波と海馬脳波との関係
ノンレム睡眠ではP波は海馬脳波を抑制し、レム睡眠ではP波は海馬脳波と協調する。記憶固定化において相反する役割を持つ可能性を示唆。

図1. 脳幹で発生するP波(矢印)。
レム睡眠ではクラスターで発生することも多いが、ノンレム睡眠では単発で発生する。

図2. P波発生タイミングと海馬脳波パワー値の関係
ノンレム睡眠では、P波発生タイミングの直前に鋭波リップルのパワー値が増加し、直後に一気に減少する。レム睡眠では、P波発生タイミングに合わせてシータ波のパワー値が増加する。

用語解説

*1 P波 … 主にレム睡眠時に脳幹の橋(Pontine)で発生するスパイク状の波形。ネコでは、脳幹から視床の外側膝状体(Lateral geniculate nucleus)、大脳皮質の後頭葉(Occipital cortex)へと脳波が伝わっていくため、PGO波とも呼ばれている。PGO波の伝播経路が視覚情報処理経路と良く似ているため、古くから夢発生メカニズムとして考えられているが、現時点では実験的に証明できていない。地震の際に発生するP波とは別物。
*2 シータ波 … 主にレム睡眠時に海馬で発生する7~10 Hzの脳波。シータ波を発生させないようにすると記憶が悪くなることから、記憶の固定化に重要。
*3 鋭波リップル … ノンレム睡眠時に海馬で発生する80~250 Hzの脳波。覚醒時に学習した神経活動パターンを、リップル波発生と同時に再生しているため、記憶の固定化に重要。
*4 多電極プローブ … 複数の記録電極が搭載されているプローブのこと。このプローブを用いることで、一度に多数(~300個程度)の神経活動を記録できる。

お問い合わせ先

北海道大学大学院理学研究院 講師 常松友美(つねまつともみ)
TEL 011-706-2615 メール tsune@sci.hokudai.ac.jp
URL https://www.sci.hokudai.ac.jp/tsunematsu/


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