植物はにおいで“暑さ対策”をしていた
形態機能学系のBarbaruah Baibhavさん、Feng Shuoさんと伊藤秀臣准教授は、植物が放出する「におい成分(揮発性有機化合物:VOC)」を事前に短時間受け取ることで、その後の強い高温ストレスに対して耐えやすくなることを明らかにしました。本研究は、植物が環境変化を予測し、あらかじめ備える仕組みの背景に、遺伝子の働きを調節するクロマチン制御が関与することを示したものです。将来的には、猛暑に強い作物づくりへの応用が期待されます。
植物は移動できないため、急激な猛暑や熱波から身を守る能力が生存に直結します。通常、植物は高温にさらされてから体内の熱ショック応答を活性化します。しかし、近年増加している極端な高温環境では、その応答が間に合わない場合もあります。一方で、植物は傷ついたときなどに「青葉の香り」と呼ばれるにおい成分を放出することが知られています。研究チームは、このにおいが単なる副産物ではなく、将来のストレスに備える“合図”として働くのではないかと考えました。
そこで、モデル植物であるシロイヌナズナを用い、におい成分の一つであるtrans-2-ヘキセナールを短時間暴露した後、通常環境で育て、その後強い高温ストレスを与える実験を行いました。その結果、においを与えなかった植物では多くが深刻なダメージを受けたのに対し、においを事前に受けた植物では生存率が有意に向上しました。
さらに遺伝子発現解析の結果、高温に応答する遺伝子群や、活性酸素(ROS)関連の防御遺伝子群が、実際に高温にさらされる前から活性化されていることが分かりました。つまり、植物はにおいを手がかりに“先回り”して準備を始めていたのです。
加えて、ヒストン修飾に関わる因子HDA6に着目した解析から、においによる耐熱性の向上には、DNAが巻き付くタンパク質の状態(クロマチン構造)の変化が関与していることが示されました。これは、におい刺激が単なる一時的な遺伝子のオン・オフではなく、遺伝子の働き方そのものを調整する仕組みに結びついていることを意味します。
近年、世界各地で猛暑による農作物被害が深刻化しています。本研究は、遺伝子組換えに頼らず、植物本来の防御システムを活用して耐熱性を高める可能性を示すものです。環境負荷の少ない新たな作物保護技術の開発や、持続可能な農業への応用が期待されます。
本研究は、北海道大学 IGPプログラムの支援を受けて実施されました。
掲載誌:Plant and Cell Physiology
タイトル:Volatile Organic Compounds Prime Heat Tolerance Through Chromatin-Dependent Heat Shock Pathways in Arabidopsis
著者:Baibhav R. Barbaruah, Shuo Feng, Hidetaka Ito
2026年2月28日
図A:実験の流れ(模式図) 発芽後7日目の若い植物を用い、まず30分間だけ「におい成分(揮発性有機化合物)」にさらしました。比較のため、やや穏やかな高温(37℃、30分間)で“予行演習”を行う条件も設定しました。その後、植物を通常の温度(21℃)で2日間回復させてから、強い高温(45℃、30分間)を与えました。さらに7日間育て、最終的な生存状況を評価しました。
この実験により、においによる事前刺激が、その後の厳しい暑さにどの程度効果を示すかを調べました。

図B:におい処理後の生存率 におい成分または軽い高温処理を事前に受けた植物と、何も処理しなかった植物を比較し、強い高温ストレス後に生き残った割合(生存率)を示しています。
その結果、特定のにおい成分を事前に受けた植物では、生存率が大きく向上しました。また、遺伝子の働きを調節する仕組みに変化をもつ変異体では、においによる効果の現れ方が異なることも明らかになりました。






















