北海道大学 大学院 生命科学院
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記事詳細

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T細胞による新たな免疫活性化メカニズムを解明 ~自己免疫疾患の新たな治療薬開発への応用に期待~

T細胞による新たな免疫活性化メカニズムを解明

~自己免疫疾患の新たな治療薬開発への応用に期待~

 

【ポイント】

・免疫応答を担うT細胞でのSTAP-2と呼ばれるタンパク質の新たな役割を発見。

・STAP-2欠損ではT細胞活性化と自己免疫疾患の増悪化が抑制。

・新たな自己免疫疾患の新規治療薬開発に期待。

 

【概要】
北海道大学大学院薬学研究院の松田 正教授らの研究グループは、アダプター分子*1であるSTAP-2が、免疫応答活性化と、それに伴う自己免疫疾患発症に関与する新たな機能をもつことを見出しました。

病原体が体内に侵入した場合、免疫担当細胞が担う生体防御反応により排除されます。特にT細胞はこの反応を制御する重要な免疫担当細胞で、その細胞表面にあるT細胞受容体(TCR、T cell receptor)で病原体など異物を認識し、T細胞活性化を誘導します。そうしたT細胞活性化により病原体排除が促進され、感染が終息します。一方で、T細胞活性化の異常は自己免疫疾患の発症や増悪化の原因となります。そのため、TCRを介するT細胞内信号伝達機構の解明は免疫疾患制御においても非常に重要です。

細胞内信号伝達において、リン酸化酵素を始めとする酵素群や転写因子の活性化を制御するアダプター分子の一つであるSignal-transducing adaptor protein-2(STAP-2)は、TCRを構成するタンパク質と直接結合してその働きを強めることにより、T細胞活性化を促進しました。また、STAP-2の発現量により自己免疫疾患の増悪化が左右されたことがわかりました。そのため、STAP-2の発現量や働きを制御することにより、自己免疫疾患の新しい薬の開発が期待できます。

なお、本研究成果は、6月21日(火)公開のThe Journal of ImmunologyのNext in the JIにオンライン掲載されました。

【背景】

新型コロナウイルスなどの病原体と戦うために、私たちの身体には免疫系が存在します。身体に侵入した異物であるウイルスや細菌などへの対抗策を免疫応答といい、様々な免疫担当細胞が働きます。樹状細胞やマクロファージなどは、ウイルスや細菌を貪食・分解し、異物断片(抗原)を提示します。T細胞表面に存在するT細胞受容体(TCR)が抗原を認識すると、T細胞が活性化され、B細胞の抗体産生や感染細胞に対する細胞傷害活性を誘導します。これら一連の免疫反応により、異物が排除されます。

TCRはCD3タンパク質分子群(γ、δ、ε、ζ)など種々の蛋白と複合体を形成しています。一般的に、抗原認識によりTCR複合体に存在するリン酸化酵素LCKがCD3ζ分子内のITAMモチーフ*2のチロシン残基のリン酸化を誘導します。続いて、TCR下流信号分子群のチロシンリン酸化が起こり、NF-κBやNFAT等のT細胞増殖因子であるIL-2などの遺伝子発現を誘導する転写因子が活性化されます。結果、IL-2産生やT細胞の増殖・活性化が起こり、異物に対する免疫反応が完成します。この過程で、TCRを介する信号伝達は不可欠で中心的な役割を果たす一方、異常亢進は自己免疫疾患やアレルギーの発症を誘導します。しかしながら、TCR信号伝達の制御機構の詳細な部分の全体像は未だ不明な点が多く、その解明が種々の免疫疾患の発症機序の解明やそれらの新規治療法の開発に大きく貢献すると期待されています。

松田教授らの研究グループは細胞内信号伝達において、リン酸化酵素を始めとする酵素群や転写因子の活性化を制御するアダプター分子の一つであるSTAP-2タンパク質の働きについて研究してきました。本研究では、STAP-2が自己免疫疾患発症を引き起こすT細胞の活性化においてどのように働くかを検討しました。

 

【研究手法】

TCR信号伝達におけるSTAP-2の役割を解析する実験材料として、野生型及びSTAP-2欠損マウスから回収したT細胞やSTAP−2を過剰発現させたヒトT細胞白血病株Jurkat細胞を用いました。採取した細胞をモノクローナル抗体で染色しフローサイトメトリー法*3で解析することにより、生体内におけるT細胞の分化状態を解析しました。ウエスタンブロット法*4でTCR下流の信号分子群の活性化(リン酸化)、ELISA法*5でIL-2産生量を測定することにより、試験管内で抗原刺激でのT細胞の活性化を評価しました。免疫沈降法*6やウエスタンブロット法を用いて信号分子群との相互作用の有無を解析しました。さらに、T細胞活性化に伴う免疫疾患発症モデルとして、マウスにニキビ菌として知られるアクネ菌死菌投与で生じる肝臓での肉芽腫を形成させる実験や神経髄鞘の主要な構成タンパク質であるミエリンタンパク質由来の(MOG)ペプチドを免疫することによって誘導される実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)を用いました。

 

【研究成果】

野生型とSTAP-2欠損マウス*7間で総T細胞数及びCD3、CD4、CD8発現細胞数に差異は認められず、STAP-2欠損はT細胞の産生・分化に影響を及ぼさないと考えられました。抗原刺激の代替として抗CD3抗体処理を行ったところ、T細胞増殖、TCR下流信号分子群の活性化(リン酸化)やIL-2産生誘導は、野生型T細胞と比較してSTAP-2欠損T細胞において低下していることが観察されました(図1)。STAP−2を過剰発現させたJurkat細胞を用いた実験では抗CD3抗体で処理によってSTAP−2は細胞膜近傍で信号分子と共局在していました(図1)。以上の結果から、STAP-2は、抗原刺激によるT細胞活性化を正に制御することが示されました。

さらに、STAP-2タンパク質は、C末側領域でTCR下流信号分子であるCD3ζのITAMモチーフと、N末側領域でリン酸化酵素LCKと相互作用することがわかりました。結果、STAP-2は、CD3ζのITAM モチーフとLCKの結合を増強させ、TCR下流信号伝達を増強させました。即ち、STAP-2は抗原刺激によってLCKと強く結合し、TCR下流への信号伝達を増強させます。

次に、STAP-2の発現意義について、種々の自己免疫疾患マウスモデルを用いて生体内評価を行いました。STAP-2欠損マウスでは、アクネ菌注射により誘導される肉芽腫形成反応が減弱しており、炎症性サイトカイン*8IFN-γ*9量も低下していました。また、STAP-2欠損マウスでは、MOGペプチド免疫により誘導される神経症状など臨床症状が軽微であり(図2)、脊髄内へのT細胞浸潤や炎症性サイトカインIFN-γ、IL-17*10発現の低下が観察されました。このEAE実験系では、EAE病状進行に伴い脊髄内でSTAP-2 mRNA発現が亢進することもわかりました。さらに、MOGペプチド特異的TCRを発現する2D2マウス*11とリンパ系細胞にSTAP-2を過剰発現するSTAP-2トランスジェニック(Tg)マウス*12を交配し、2D2/STAP-2 Tgマウスを作製しました。ほぼ半数の2D2/STAP-2 TgマウスがEAEを自然発症し、ほとんどのマウスが死にました(図2)。

EAE誘導した野生型及びSTAP-2欠損マウスから単離したCD4陽性T細胞を免疫不全マウスに移植する実験系も確立しました。野生型CD4陽性T細胞移植ではEAEが発症しますが、、STAP-2欠損マウスCD4陽性T細胞移植ではEAEが発症しないことがわかりました。以上の結果から、STAP-2が足場となって形成されるLCK/STAP-2/CD3ζの分子間相互作用がTCR信号伝達を正に制御すること、さらに、その過剰なT細胞活性化が自己免疫疾患の増悪化に関与することが明らかになりました。

 

【今後への期待】

免疫応答で中心的な役割を果たすT細胞の活性化にSTAP-2が関与していることが新しく示されました。また、T細胞に依存した自己免疫疾患の増悪化にはSTAP-2を標的とした新規治療薬が有効である可能性が示唆されました。今後、STAP-2を標的とした新規治療薬の開発が進むことが期待されます。

 

論文情報
論文名 STAP-2 is a novel positive regulator of TCR-proximal signals(STAP-2はTCR信号伝達を正に制御する新規分子である)

著者名 齋藤浩大、柏倉淳一、篭橋広太、佐々木悠斗、河原生知、関根勇一、鍛代悠一、室本竜太、一井倫子3、中司寛子4、吉村昭彦4、織谷健司5、松田 正1北海道大学大学院薬学研究院、2京都薬科大学、 3大阪大学大学院医学系研究科、 4慶應義塾大学医学部、5国際医療福祉大学医学部)

雑誌名 Journal of Immunology(免疫学の国際的専門誌)

DOI 10.4049/jimmunol.2101014

公表日 2022年6月21日(火)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学大学院薬学研究院 教授 松田 正(まつだ ただし)

TEL 011-706-3243  FAX 011-706-4990  メール tmatsuda@pharm.hokudai.ac.jp

URL http://www.pharm.hokudai.ac.jp/eisei/index.html

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)

TEL 011-706-2610  FAX 011-706-2092  メール jp-press@general.hokudai.ac.jp

【参考図】

【用語解説】

*1 アダプター分子 … 細胞内に存在するタンパク質の一種。複数のタンパク質に同時に結合する足場タンパク質として、細胞内信号伝達に関わる。

*2 ITAMモチーフ… Immunoreceptor Tyrosine-based Activation Motifsの略で、CD3タンパク質などの細胞内領域に存在するチロシン残基がリン酸化され、細胞内信号伝達を引き起こす引き金となる特徴的なアミノ酸一次配列。

*3 フローサイトメトリー法 … 蛍光標識した抗体を細胞に結合させ、細胞一つずつ解析する方法。タンパク質発現を解析することできる。

*4 ウエスタンブロット法 … 抗体を用いてタンパク質を検出する方法。分子量など解析することができる。

*5 ELISA法 … 抗体を用いてタンパク質などを定量する方法。

*6 免疫沈降法 … 抗体を用いて分子間相互作用を解析する方法。

*7 STAP-2欠損マウス … STAP-2遺伝子がある場所を壊すことで、STAP-2遺伝子発現を欠失しているマウス。

*8 サイトカイン … 細胞から分泌される液性タンパク質で、様々な生理活性作用を有する。

*9 IFN-γ … サイトカインの一種でマクロファージや一部のT細胞から分泌されるタンパク質。免疫及び炎症の調節機能を有する。

*10 IL-17 … 炎症性サイトカイン。局所で産生されると、好中球を引き寄せ、炎症反応を引きおこす。

*11 2D2マウス … 脳脊髄炎を起こす抗原を検知する受容体を全てのT細胞に発現させたマウス。

*12 STAP-2トランスジェニック(Tg)マウス … STAP-2遺伝子を染色体に組み込むことで、STAP-1遺伝子が通常に比べ多く発現しているマウス。


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